この記事は2016/3/16にand.messageで公開されていた記事です35年以上、ずっと探していた高知の伝統野菜THIS IS ABOUT THE TRADITIONAL VEGETABLE OF KOCHI, I HAVE BEEN LOOKING FOR, FOR OVER 35 YEARS高知県高知市の潮江という地区で代々続く農家に生まれた熊澤秀治さん。おいしい野菜づくりを追究し、2006年に「潮江旬菜(うしおえしゅんさい)」のブランドを起ち上げました。土壌や肥料、温度管理など栽培技術にこだわった野菜づくりに有名シェフが惚れ込み、「こんな野菜をつくってほしい」と求められる品種の少量生産も手掛けています。そんな熊澤さんが高知の伝統野菜に興味をもったのは今から35年以上前のこと。同県出身の作家・宮尾登美子氏のエッセーに、熊澤さんが住む潮江地区と同じ名前の「うしおえかぶ」という作物が載っていたことがきっかけでした。「ずっと探していたんですよ。父親や知人に聞いてもわからず、県立牧野植物園に問い合わせたり、専門書をあたったり。すると、うしおえかぶは潮江菜(うしおえな)と呼ばれるものと同じで、日本最古の葉野菜ではないかとされているとわかりました。さらに気になって、伝統野菜についての論文を読んだりもしていました」運命の引き合わせ!?日本の植物学の父・牧野博士の残した伝統野菜一方、高知県出身で、世界的な植物学者に牧野富太郎博士(1862-1957)という人物がいます。命名した植物は1500種類以上、収集した標本は約40万枚に及び(高知県立牧野植物園サイトプロフィールより)、「日本の植物分類学の父」と呼ばれる権威です。(高知県立牧野植物園は牧野博士の業績を顕彰する施設です)その牧野博士が地元高知の伝統野菜のタネを採取し、保管するように農業高校の教諭だったお弟子さんに指示をしていました。そのお弟子さんが2011年に亡くなり、ご子息はそのタネを託せる人を探していたそうです。そんなとき、熊澤さんの野菜づくりを紹介する新聞記事が掲載され、「この人になら」と牧野博士ゆかりのタネが2014年に熊澤さんのもとにやってきたのでした。なんとそのなかに、潮江菜のタネがあったのです。「もう鳥肌もんでしたね」日本最古の葉野菜といわれる潮江菜(うしおえな)“Ushioe-na”-said to be Japan's oldest leaf vegetable.牧野野菜の復活のために「TEAM MAKINO」を結成姿形も味もわからず、長年、恋いこがれていた!?潮江菜との出会いは熊澤さんにとって、とても刺激的だったそうです。「伝統野菜って、おいしくないからなくなったと思っていたんですよ。でも食べてびっくりしました。すごくおいしくて」潮江菜以外に託されたタネはカブ、大根、高菜、もち菜、大豆、いんげん、ねぎ、ナス、きゅうり、麦、米、きびなど約50種以上。「とてもひとりでは管理できないと思って、農家や料理人の仲間に声をかけて、なんとなくグループが形成されはじめたんです」そして2016年6月、「牧野野菜」と命名した伝統野菜の復活に取り組む正式な団体として「Team Makino」が結成されました。残さなければ、と思う「牧野野菜」の味有名シェフからも支持される野菜をつくる熊澤さんに、驚くほどおいしいといわしめる「牧野野菜」の味とは、いったいどんなものなのでしょうか?「“野菜本来の味”“味が濃い”という風にいわれることもあるけれど、それってどういう味と思います? 味の表現ってわかりにくいなあと思うのですが、決定的に違うのはアミノ酸量。つまり、うまみが際立ってますね」実際、どのような栄養成分が含まれているか、専門機関での調査を進めているそうです。それにしても、どうしてそんなにおいしい野菜が栽培されなくなったのでしょうか。「いろんな理由があると思いますよ。時間と手間がかかることもひとつですね。いちばん面倒なのはタネ採りをしないといけないこと。タネが採れる半年くらいの間は畑を占領されるんですよ。畑がもったいないよね。うちもそんなことはできないから、別にタネ採り用のハウスを建てたんですよ。若い頃からタネっていうのは買うものだと思っていたから」熊澤さんの話によると、タネ屋が盛んになったのは江戸時代に参勤交代が始まってから。日本中のいろんな野菜が江戸に集まるようになり、江戸から地元に帰る人たちがタネを買って帰るため、街道筋にはいろんなタネ屋ができたそうです。牧野野菜にも、高知以外から持ち込まれた野菜があります。「山内家伝来だいこん」や「もち菜」は土佐藩の藩主・山内家が生まれの尾張から持ち込んだもので、愛知の伝統野菜「方領だいこん」「正月菜」とルーツが同じとされています。潮江菜(うしおえな)“Ushioe-na”山内家伝来大根(やまのうちけでんらいだいこん) “Yamanouchi-ke denrai daikon”長い長い歴史をかけて残ってきた伝統野菜昔の人がおいしいから、と持ち帰ったものがいまの伝統野菜につながっていると思うと面白いですね。「江戸時代やそれより以前は、お米や野菜はものすごく大切な食料で、もっと切迫していたと思うんです。今の感覚では、ちょっとわからないところもあるかなとは思いますが、潮江菜のおかげで、見えてきたこともあります。なぜこんなにおいしいんだ?なんでこんなにアミノ酸量が豊富なんだ?と一生懸命想像して考えてみると、昔は調味料がなかったんですよね。肉や魚もそんなにしょっちゅうは食べていない。だから、うまみのあるおいしい野菜を残そう、残そうとしてきたんだと思う。もうひとつ、今のような医療もないですよね。薬草はあったけど、普通の人はそうそう扱えないし、薬は高価だったし。ということは、薬効成分の高い野菜を自然に残してきたんじゃないかとも思うんです」現代の品種改良という発想ではなく、「これを食べると元気になるから」「あの地域の人たちはすごく元気だ」というようなことが何百年も繰り返され、長い歴史をかけて選抜され残ってきたのが伝統野菜なのではないかと熊澤さんは考えています。「そう考えると、残さないといけないと思うんです」どこでも手に入るようになってこそ、復活!現在、牧野野菜のうち潮江菜は高知市内の一部の八百屋で購入することはできますが、まだ一般市場には出回っていません。熊澤さんは「どこでも手に入るものにしたい、そうならないと残らない」と言います。「タネ採り作業も、ゆくゆくは農家がやらなくても済むようなシステムをつくりたい。中にはサイズが大きくて流通に乗せられないなど、商品にならないものもあります。それも残しておかないといけないけど、店頭に並んで消費者が普通に手に取ることができて初めて復活と言えると思います」Team Makinoの取り組みにこれからも注目していきたいですね。取材・文/魚見幸代 写真/竹田俊吾Writer Yukiyo Uomi, Photo Shungo Takeda